五輪の熱き炎

ソチ五輪の聖火リレーも大詰め

2月7日に行われるソチ五輪の開会式で、誰が聖火リレーの最終走者をつとめるかは、まだわかっていない=ロシア通信撮影

 ソチ五輪の聖火リレーは冬季五輪史上最長というだけでなく、ロシアのトロイカ(3頭立ての馬車)、トナカイのソリ、ラクダで運ばれ、国際宇宙ステーションに届き、バイカル湖の湖底に到達し、ひと味もふた味も違うものとして記憶された。だが聖火リレーの主役は走者だ。ここにはそれぞれの物語がある。

 2014年ソチ冬季五輪の聖火リレーは、2013年10月7日にスタートし、国民の90%が暮らす地域を網羅する。つまり、約1億3000万人に聖火を見るチャンスが与えられているわけだ。聖火は最終的に、6万5000キロメートル以上を走破することになる。これは冬季五輪の新記録。聖火は異なる乗り物で運ばれ、めずらしい場所を通過し、史上初となる宇宙の旅も実現した。走者は1万4000人。一般の人以外に、クロスカントリースキーのリュボーフィ・エゴロワ、スピードスケートのリディア・スコブリコワ、バイアスロンのアレクサンドル・チホノフ、アイスホッケーのウラディスラフ・トレチャクなど、ソ連 やロシアの偉大なるスポーツ選手が名を連ねている。

 

お祭りムードと大きな期待

ライサ・スメタニナ=ロシア通信撮影

 五輪で金メダル4個、銀メダル5個、銅メダル1個の計10個を獲得しているライサ・スメタニナは、聖火リレーの走者となった感想を、ロシアNOWに次のように述べた。「五輪の聖火を運ぶことができてとても嬉しかった。これはどのスポーツ選手にとっても大きな名誉。私は自分の街(コミ共和国スィクティフカル市)で最終走者になれて、たくさんの人に見てもらえた。主催者によると、7万人が来たそう。再び五輪に出場するような錯覚があったわ」

 ロシア・アイスホッケー連盟の理事で、五輪で3度金メダルを手にしているトレチャクは、聖火リレーが今回で3度目だと話す。「我々の目の前で歴史がつくられている。ソチ冬季五輪の聖火はロシア国民をひとつにし、国民のほぼ全員に、聖火を見て五輪ムードにひたる機会を与えた。多くの人が聖火が消えたことば かり気にしていたけど、私は大した問題だとは思っていない。国がお祭りムードにわき、大きな期待を寄せていると感じた。スポーツ選手が期待にこたえること を祈るよ。トリノ五輪とバンクーバー五輪でも聖火の走者になるという栄誉にあずかった。これは伝えることのできない感動」

 

21世紀のリレー

 初めて聖火リレーが行われたのは、1936年ベルリン夏季五輪。この時の走者は3000人。冬に聖火がともされたのは1936年ガルミッシュパルテンキルヒェン冬季五輪と1948年サンモリッツ冬季五輪だが、リレーが初めて行われたのは1952年オスロ冬季五輪。

インフォグラフィック:

ソチ五輪の聖火トーチ

 21世紀の五輪の主催者は、斬新さで観客を驚かせようとしている。2004年アテネ夏季五輪では、史上初の世界をめぐる聖火リレーが行われた。オリーブの葉をほうふつとさせるシンプルなフォームのトーチが、世界5大陸をまわった。ただこのトーチは技術的に不完全で、ヘラ神殿でアテネ五輪組織委員会のギア ナ・アンゲロプロス・ダスカラキ会長に聖火が渡される重要な瞬間に、火が消えてしまった。

 2008年北京夏季五輪で行われた聖火リレーが、世界をめぐる最後のリレーとなった。国際オリンピック委員会(IOC)は2009年、開催国内に限定することを決定。2012年ロンドン夏季五輪ではロンドン警視庁警護のもと、ロープウェイ、ロンドンの地下鉄、競走馬などで聖火が運ばれ、イギリス全土を通過した。ロンドン警視庁はリレーの際、北アイルランドのロンドンデリーで起こった分離主義派の妨害などから、トーチを守った。

 

モスクワ夏季五輪の聖火

 1980年モスクワ夏季五輪の聖火リレーの期間は1ヶ月弱だった。ソ連国内だけでなく、ギリシャ、ブルガリア、ルーマニアなども通過。モスクワではクトゥー ゾフ大通りの凱旋門をくぐり、開会式前夜にはソ連共産党中央委員会の建物内を通過した。最終走者をつとめたのは、バスケットボールの現役選手だったセルゲイ・ベロフ(2013年没)。

 2月7日に行われるソチ五輪の開会式で、誰が聖火リレーの最終走者をつとめるかは、まだわかっていない。主催者によると、ロシアのスポーツ界に多大なる貢献をした人物だという。

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