スケルトンのトレチヤコフ選手

バンクーバーの銅メダリストが挑む

 スケルトンという種目は、ロシアの一部熱狂的な人々には知られていた。ロシア・スケルトン連盟は1992年に創設されている。だが大きく活躍する国内の 選手は不在で、世界の20位台で満足する程度だった。トレチヤコフはロシアにおけるスケルトンの地位を新たなレベルに高めた選手だ。

 トレチヤコフが最初に始めたスポーツは陸上。選手が陸上で五輪を目指しながら、冬のボブスレーに転向した映画「クール・ランニング」のように、トレチヤ コフもボブスレーを始めた。ただこれは長く続かなかった。本人によると、ボブスレーでは体重が重視されるが、思うように体重を増やせなかったため、最終的にスケルトンに転向したという。

 

「今のは何だったんだ」

 「スケルトンに対する恐怖心よりも好奇心の方が強かった。滑ったらどうなるのかなって。ひっくりかえることなく最後まで滑ったけど、ゴールした後で思っ たのは、『今のは何だったんだ』ってこと。滑っている間、目の前ですべてがぐちゃぐちゃに入り混じって、ちらついていた。それで、しっかりと把握し、コントロールしながら滑りたいって思ったんだ」

 陸上の経験もあり、最初のダッシュだけはうまくいった。だが次にコントロール面や技術面の経験不足から、ミスをくりかえした。最初の五輪となった、 2006年トリノ五輪での滑りは、それを如実にあらわしている。1回目も2回目も最高の加速で、半分の距離をトップで滑った。だがミスによって結局15位に終わった。それでも専門家はこの時、トレチヤコフの将来性を見いだしていた。

 

才能の開花

 そして予言はすぐに当たることになる。2006~2007年シーズンのW杯総合順位で3位、2008~2009年シーズンは1位になった。勝利のないシーズンもあったが、とても安定している。

 2009年のW杯レークプラシッド大会で3位になり、2度目の挑戦となるバンクーバー五輪にはメダル候補として参加した。そして期待通り、銅メダルを獲得。これはロシアのスケルトンの選手が、初めて手にした五輪メダルである。

 その後も活躍は続き、2011年にはラトビアのマルティンス・ドゥクルスに負けたものの、銀メダルを手にした。ドゥクルスはこの時、次のようにコメント した。「サーシャはえらいね。必要な時に自分の可能性を最大限ひきだせる能力は、プロのスポーツではとても重要なこと」

 2013年W杯サンモリッツ大会では、トレチヤコフはドゥクルスを抜いて金メダルを見事獲得。言うまでもなく、ロシア・スケルトン史上初の金だ。

 

宿命のライバル

 トレチヤコフとドゥクルスの関係は変わった。トレチヤコフは以前、ドゥクルスとの親しい間柄について話していたが、今はぎこちない。ドゥクルスはソチ五輪で、トレチヤコフの主要な敵になるだろう。今シーズンの2人は互角の争いを見せている。最初の2大会では交互に優勝した。その後ドゥクルスが2度勝利したが、1度8位に陥落しているのに対して、トレチヤコフは上位5位から1度も脱落していない。

 ドゥクルスの活躍について、ロシア男子スケルトン代表のヴィル・シュナイダー・シニアコーチは特に心配していない。昨年12月に次のように話していた。「ドゥクルスは勝てばいいさ。昨シーズンはサンモリッツ以外で勝ち続けていたね」

 昨年ソチで2人はすでに対戦していて、ドゥクルスが勝っている。しかしながら五輪での地の利はさらに強固だ。10月のロシア選手権でトレチヤコフは自己ベストも更新している。ロシア代表は大みそかにもクラスナヤ・ポリャナに行っている。

 ロシア・ボブスレー・スケルトン連盟のゲオルギー・ベドジャモフ理事はこう話す。「ズプコフ(ロシア男子ボブスレー代表リーダー)とトレチヤコフについては、我々もファンも大きく期待している。2人は精神的にもソチでしっかりと戦う準備ができている。経験豊富なアスリートで、これは初めての五輪ではないし、大きな国際大会で何度も戦っている」

 トレチヤコフは落ち着いているし、準備は計画通り進んでいる。今シーズンの北米3大会では目覚ましい成長をとげ、加速では自己ベストを2度更新している。

 本人はこう意気込みを語る。「ソチでは自分の記録を維持し、加速、速度、時間で良い数字を示すことが大切。順位については、自分の力を最大限発揮できたと感じることができれば、どんな結果でも満足」

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